親鸞会で親鸞聖人のご生涯を学ぶ 仏教の根幹・因果の道理(その11)

先回から、因縁果の道理について書いています。車同士の交通事故で、どう考えても相手の過失が重大だと思われるような場合でも、さらに突き詰めて考えれば

「どうしてその相手とぶつかるような時に、その場所を走っていなければならなかったか」
という疑問が必ず残るでしょう。

その事故の当事者に、自分がならねばならなかった原因は、必ず自分にあったのだ、と教えられるのが「自因自果」ということです。

では過失の大きな相手は悪くないのかといえば、それは「悪縁」であると教えられます。
事故に遭ったのは、私の持っていた悪因が、そういう悪縁と合わさったからだと教えられています。

他人やほかのもののせいで、自分が不幸になったと思えることが、日常にはよくあります。しかし仏教では、そういう他の因が私に結果となって現れる「他因自果」もなければ、私の種まきが他へ現れる「自因他果」も絶対にない、と教えられるのです。

因果の道理については親鸞会の法話で詳しく聞くことができます。