ところが一方で、悪果が来た時はどんな気持ちになるでしょう。
毎日食べ物に気を遣い、暴飲暴食は避け、生活態度や適度な運動に心がけ、なるべくストレスをためず、精神的にも落ち着いた毎日を送っていたはずなのに、どうして自分がこんな病気にならなければならないのか、と苦しんでいる人もあるでしょう。
確かに至らない点もあったかもしれない。でも私なりに尽くしてきたし、がんばっても来た。それなのになぜ、私を裏切ってほかの女と浮気なんかしたの、と夫に迫っている妻、逆に夫もいるかもしれません。
自分は交通安全に気をつけて、法規も守って運転していたのに、あんな乱暴な運転する奴が、向こうから勝手に飛び込んできて、こんな目に遭ったんだ。どうしてくれるんだ、と憤っているドライバーもあることでしょう。
そんなケースは人の数ほどあり、程度もそれぞれですが、思いがけない苦しみが来た時、人はだれしも、こう思うのがふつうでしょう。
社会的にも過失割合は存在し、いろいろなパターンが法律でも規定されていますが、仏教では、さまざまな状況はあるにせよ、あなたの身に起きた、また起きようとする一切の運命は、すべてあなたの行為によってつくられたものなのだ、と教えられているのが因果の道理なのです。
因果の道理については親鸞会の法話で詳しく聞くことができます。
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